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日本橋Stories 其の弐(日本橋発祥の食文化について)

  文化・商業の中心であり、人々が行きかう街 - 東京 日本橋。今回は、ここ日本橋が発祥の食文化について、ご紹介いたします。
  江戸で食文化が発展した背景には、徳川幕府によって魚河岸の整備が進められたことにあります。現在は埋め立てられていますが、江戸城(現皇居)前に広がった江戸の海では新鮮な魚介類が獲れ、日本橋発祥の食文化の誕生に一役かっていました。


火事と喧嘩は江戸の華:天婦羅

  1700年代の江戸の城下町は、当時のパリやロンドンを大きく上回る巨大都市へと成長します。そんな巨大都市の江戸の城下町で恐れられたのが、「火事」でした。長屋が連なる江戸の城下町では、一度火事が起きると火消しは並大抵のことではなく、町が消滅するくらいの破壊力だったと言います。そこで、幕府は火と油を大量に使う「天婦羅」の屋内営業を不可としました。しかし、そこはなんでも楽しみに変えてしまう粋な江戸っ子たち。江戸っ子は、屋台でその味を気軽に楽しめるようになったことを大変喜んだ、と言います。当時の人気メニューは、江戸湾(東京湾)で獲れたハゼ・アナゴ・キスだったようです。


江戸っ子気質にピッタリ:握り寿司

  当時のお寿司屋さんは屋台スタンドのようなお店でした。お客様用の椅子はなく、お客様が立って注文し、寿司職人は座ったままでお寿司を握り提供するという、今でいう「ファーストフードスタイル」でした。
  て、現在のお寿司屋さんには、必ずと言っていいほどある「まぐろ」。まぐろを目玉にしているお店も少なくありません。しかし、江戸時代のお寿司屋さんで、まぐろを扱うところはありませんでした。
  まぐろが大量に獲れた天保年間のある年。このまぐろを醤油漬けにしたものを日光ケミカルズの所在地でもある「日本橋馬喰町」にあった屋台の「恵比寿寿司」が握って提供したところ、これが評判になり、広まったそうです。現在、その「恵比寿寿司」は残念ながらありませんが、日本橋の馬喰町がまぐろの握りの発祥地と言われています。


江戸っ子ならではの発想:うな重

  うな重も江戸時代の日本橋で発祥したと言われています。人が集まる日本橋では娯楽も栄え、「歌舞伎」「浄瑠璃」「人形劇」などが盛んでした。ある時、とある江戸っ子が「大好きなうなぎを食べながら、江戸歌舞伎を鑑賞したい」とせっかち且つ粋な注文をうなぎ屋さんにし、焼きたてのうなぎをあたたかいご飯に乗っけて、歌舞伎座までデリバリーしたのが「うな重」の最初と言われています。
  新しくなった歌舞伎座のお食事処には「うな重」のメニューがあります。それも、江戸時代からの名残なのかもしれません。


  さて、ここ日本橋界隈から、記載したような「歌舞伎」「浄瑠璃」「人形劇」などの「娯楽文化」が盛んになりましたが、そのお話はまたの機会に…


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